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話題になっているツイッターまとめ

「医学目指している人に読んで欲しい」医者の闇が書かれていて話題に

現代の人はほぼ全員、一度は病院や医者に掛かっています。
まずほとんどの人が産婦人科で生まれ、診断を受けている。

そして子供のときに大半の人が小児科で診察を受けている。
学校の予防注射をしているのも医者だ。

風邪薬を処方してもらうにも医者に診察してもらわないと処方されない。

われわれの生活に医者は欠かせない存在である。

そして、そんな医者に魅入られて目指している人もいるだろう。

とある投稿者が医学部を目指している人に対して手紙を掲載した。
そこには医者の現実、闇の部分が書かれている。

これを読んでもあなたは医学の道を突き進めるだろうか?

知識が足りないでは済まされない現実

全文がこちら

画像では読み取りにくいので全文を書き起こしてみました。

君に問う

(さあ君はどれだけ答えられるか?)

 医師を目指す君にまず問う。高校時代にどの教科が好きだったか?
 物理学に魅せられたかもしれない。英語が得意だったかもしれない。しかし医学が大好きだったことはあり得ない。日本国中で医学を教える高校はないからだ。

 高校時代に物理学または英語が大好きだったら、なぜ理学部物理学科や文学部英文学科に進学しなかったのか?物理学に魅せられたのなら、物理学科での授業は面白いに違いない。

 結論を急ぐ。授業が面白くないと言って、授業をサボることは許されない。医学が君にとって面白いか否か全く分らないのに、別の理由(動機)で医学を選んだのは君自身の素任である。
 次に君に問う。人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか?

 万一「経済的社会的に恵まれそう」以外の本音の理由が想起できないなら、君はダンテの『神曲』を読破せねばならない。それが出来ないなら早々に転学すべきである。

 さらに問う。奉仕と犠牲の精神はあるか?

 医師の仕事はテレビドラマのようにかっこいいものではない。重症患者のため連夜の泊まり込み、急患のため休日の予定の突然の取り消しなど日常茶飯事だ。死に至る病に泣く患者の心に君は添えるか?

 君に強く求める。医師の知嫌不足は許されない。知織不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。知らない治療をできるはずもない,そして自貴の念のないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。

 こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊べ」は許されない。医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない。

 医師国家試験の不合格者はどの医学校にもいる。全員が合格してもおかしくない医師国家試験に1、2割が落ちるのは,医師という職業の重い責任の認識の欠落による。君自身や君の最愛の人が重病に陥った時に、勉強不足の医師にその命を任せられるか? 医師には知らざるは許されない。医師になることは身震いするほど怖いことだ。

 最後に君に顧う。医師の歓びは二つある。その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである,

 今後君が懸命に、心技の修養に努め、仏のごとき慈悲心と神のごとき技を兼備する立派な医師に成長したとしよう。君の神業の恩忠を受けうる患者は何人に達するか?1人の診療に10分の時間を掛けるとしよう。1日10時間、1年300日、一生50年間働くとすれば延べ90万人の患者を診られる。多いと思うかもしれない。だが日本の入口の1%未満、世界の人口の中では無視し得るほど少ない。

 インスリン発見前には糖尿病昏睡の患者を前にして医師たちは為すすべがなかった。しかしパンチングとべストがインスリンを発見して以来、インスリンは彼らの診たことがない世界中の何億人もの糖尿病忠者を救い、今後も救い嫌ける。
 その1の歓びは医師として当然の心構えである。これのみで満足せず、その2の歓びもぜひ体感したいという強い意志を培って欲しい。心の真の平安をもたらすのは、富でも名声でも地位でもなく、人のため世のために役立つ何事かを成し遂げたと思える時なのだ。

「医学生へ医学を選んだ君に問う」河嫌一夫著
平成14年4月16日 朝日新聞 「私の視点」より

この手紙には賛否両論

医者は高給取りで良い

別の道から命を救うことも

すべてを鵜呑みにしてはいけない

この手紙が医学のすべてではない。
医者の道はいくつにも分かれている。

プライベートを潰さなければいけないということもない。
それは考え方の違いによるだろう。

常に勉強しなければならないのは同感だ。
人の命を預かるのならば最新の知識は常に必要だろう。

正しい道を進むのならばお金儲けしても良いと思う。
医学の発展にお金は必要だからだ。

それらも含めて、闇の部分も光の部分も見据えて、進むかどうかを決めて欲しい。

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